統合失調症とは何か?  霊的な現象の正常・異常の境界

 

part1では、精神医学の基準や定義の曖昧さに関して、

そしてもうひとつは、精神医学的な概念で公正に判断するならば「同じ症状」であるのに、権威や社会的役割として公的に認められているものならば病気とは言わず、個人のオカルト的現象や新興宗教的な体験であれば「統合失調症、あるいは病的なもの」と判断する偏りについての疑問をテーマにしましたが、

私は統合失調症という病気の本当の定義の基準は何かの幻覚・幻聴(神秘体験・霊的現象を含む)が起きていることそれ自体にあるのではなく、

それによって、「本人が憔悴し混乱し日常生活に支障が出て困難になっているかどうか」ということに本当の基準があるのではないか? と思うんですね。

例えばダライラマ法王は「マントラなどの想念が物質化する現象」を視覚的に確認したりしていますし、死後の世界を信じ、衆生救済のために再び生まれ変わる菩薩行を実践しているわけですが、

ダライラマ法王はどこをどうみても病んでいる人には見えません。心身健康で快活で公私共に意欲的に活動し、異常な行動を起こすこともなく公務をこなしています。

ですがたとえば統合失調症の人において現れる「神になった感覚や衆生救済」などの感覚の場合は、異様な恍惚感や気分の浮き沈みなどの混乱や不安定さが生じており、

「本人が憔悴し混乱し日常生活に酷く支障が出て生活困難になっている」状態にあります。

だから病気の基準は、神秘体験や目に見えないものが見える状態そのものにあるのではなく、「本人が憔悴し混乱し日常生活に酷く支障が出て生活困難になっている」、「自傷・他害の恐れがある」ような状態にあるといえるでしょう。

その他にも、仏教・ヨガ・密教・仙道・気功・禅・神道・世界各地のシャーマンなど、そして霊能者と言われる人々の中には、以下にざっとまとめたような体験をしながら日常生活や仕事において憔悴することなく混乱することなく、特に内外に深刻な支障をきたすことなく元気に活動されている方も多く存在します。

 

仏教・ヨガ・密教・仙道・気功・禅・神道・世界各地のシャーマンなどの霊的体験

●地獄や恐ろしい霊的な世界の神秘体験。●霊的な光や音の神秘体験。●想念の物質化現象を確認。●神や悪魔や精霊や幽霊を見たりささやきを聞く。●人の思考や想いが手に取るように伝わる状態を経験。●過去生・来生の霊視。●死後、身体から魂が抜けていくのを霊視。 ●より良い転生の道案内するため霊視と瞑想を行う。 ●オーラやチャクラを霊視。●神々との合一体験。●気や波動の感受。 幽体離脱、異次元世界へのトリップ体験。●悟りの体験。●肉体以外の複数の霊的なボディを知覚。

 

これだけ並べるとよくわかりますね、まさに精神医学的には完璧な統合失調症の症状といわんばかりの感じでしょう。

ですが、上に並べた霊的な体験が複数同時にひとりの人間に起こっていても、日常生活や仕事において憔悴することなく混乱することなく、支障をきたすことなく元気に活動されている方も多く存在するんですね。

 

霊的な現象の正常・異常の境界

 

となると、霊的な体験に苦しむ方とそうでない方には何かの決定的な違いがあると言わざるを得ませんね。

例えば、江戸時代の非常に有名な禅僧に白隠禅師という方がいますが、この方は天才的な禅僧と呼ばれ猛烈な修行をしていたそうなんですが、この天才的な禅僧が「禅病」と呼ばれるものになるわけですね。

その時の症状が、「頭はのぼせ上った状態」「両腕両脚が氷雪のように冷えた状態」「心は疲れって、夜も眠ることができない」「幻覚を生ずる状態」 これは精神医学的にも完璧な病人の症状を呈しています。

そしてこの「禅病」というのは「気」の病でもあるんですね。気功でいうところの「偏差」の状態です。つまり気のバランス異常によって起きている内的な混乱と不調和状態です。

頭を冷やして足を温める「頭寒足熱」という方法は、現代では自律神経の安定に効果が現れることが広く知られていますが、これは元々禅的な概念なんです。

「禅病」になった白隠禅師がその後回復するために内観法、軟酥の法というものをおこなったというのは有名な話ですね。

またヨガでいうところのクンダリ二―症候群、あるいは「魔境」と呼ばれる状態があります。これもまた、「禅病」「偏差」に似て様々な心身のバランス異常を引き起こします。 

『霊的・精神的・身体的な準備がまだ出来ていない人が、無理やりにクンダリ覚醒したり、意識的ではなく偶発的なキッカケでクンダリニーが自然覚醒しために、心身に強烈な快感や不快感などの様々な尋常ではない症状が起きる』といわれています。

論文  ➡ クンダリニーの連鎖的覚醒によるシティズンシップ生成 ――生理的クンダリニー症候群(の内容および対処法)とデュルケムの集合的沸騰論

 

そして「快感」以外にどのような症状があるかと言えば幻視・幻聴、全身の脈動、片頭痛、抑鬱感、臨死体験などがある。これも精神医学的にかなり統合失調症とも重なる部分がありますね。

つまり霊が見えるから神秘体験があるから異常とかそういうことではなく、このような変性意識状態の体験そのものは太古から世界各地で確認されていて、

彼等は日常生活に支障をきたすことはなく心身の憔悴や混乱を起こすことはなく、他害行為に及ぶわけでもなく、それなりに元気に暮らしていたわけです。

それ自体がどうこうということではなかったんですね。結局は霊的なものにせよ肉体的なものにせよ、正常に機能していれば問題はなく、何らかのバランス異常が起きた時に生じているのが「病的な状態」というだけであり、

そこを突き詰めて科学的に調べていくと、脳・神経系の機能のバランス異常や障害などに行きつくというだけなんですね。

 

補足ですが、「統合失調症の患者への接し方」として気を付けるべき点が、感情表出(EE)です。そして強い感情表出が向けられることを「高EE」とよびます。

高EEには、1.批判的 2.敵意 3.情緒的な巻き込まれ の3つのタイプがあります。

高EEである場合、再発の危険性はより高くなり低EEの方が再発の危険性が低いと報告されており、これはうつの場合も同様です。なので出来るだけ頭ごなしに強く批判したり、敵意を持って否定したりせず、同時に情緒的に巻き込まれずに冷静で落ち着いた穏やかな対応を心掛けることが大事、ということですね。

2018/4 追加更新 –  ここから

幻覚や妄想があればすぐに「統合失調症」だとか、ちょっと不思議な経験とか特殊な意識状態の経験があれば何でもひとくくりに「狂人的な異常性」みたいに決めつける短絡的な方もたまにいますが、

幻覚にしたって何らかの神秘体験にしたって特殊な意識状態にしたって多様性・多元性があります。

以下に、50歳でレビー小体型認知症と診断された樋口直美さんの「誤作動る脳――レビー小体病の当事者研究」シリーズ第16を引用・紹介しています。私はこのシリーズがとても好きです。

幻視体験と当事者にしかわからない「主観の部分」及び脳科学的な考察などが非常にわかりやすくやさしくまとめられており、とても参考になる研究であり良い記事だと思います。

「第16回 牢獄に差し込んだ光」 より引用抜粋

(前略)
何かがすーっと動く
私には今でも、幻視や錯視のほかに、「物が動いて見える」という現象があります。最初に気づいたのは、診断の少し前です。視野の端、斜め上あたりで、何か黒っぽい小さいものが不意にヒューっと動いたと感じることが、繰り返し起こるようになりました。

これはなんという名前の現象なのだろうかと思って検索しても、症状名を見つけられませんでした。しかし脳腫瘍のある友人に話すと「私もよくあるよ」と言うのです。

私の時間感覚の障害と同様に、「名前のない現象」は本人にすら認識されにくく、語られることが少ないため、専門職からも注目されていないのかもしれないと思いました。
(中略)
そんなある日、池谷裕二著『単純な脳、複雑な「私」』に、「脳の中のMT野ニューロンが活動すると脳は動いていないものも動いていると判断する」という文章を見つけたのです。

私は、飛び上がりました。「これだ! 私の問題のひとつは、MT野ニューロンのスイッチにあったんだ」探検家が、探し求めた秘宝を見つけたように、私は興奮していました。
(中略)
「幻視は、レビー小体型認知症で早期から目立つBPSD(行動・心理症状、周辺症状、精神症状、問題行動)」という解説を読むたびに、私は、自分を冤罪で真っ暗な牢獄に閉じ込められた囚人のようだと感じました。MT野ニューロンの説明は、その牢獄に差し込んだ一筋の光だったのです。
(中略)
ラマチャンドラン、ブレイクスリー著『脳の中の幽霊』やオリバー・サックス著『見てしまう人びと――幻覚の脳科学』といった本からは、シャルルボネ症候群という幻視の症状を知りました。

視覚に障害を持つ人の15%に、認知機能の低下や精神的な問題がない状態でも、幻視が起こるというものです。これを読みながら、その体験者の語る幻視と私の見る幻視は似ていると思いました。偏見を恐れて幻視を人に語らないということも同じでした。
(中略)
また、健康な人でも特定の条件の下では、幻視が現れやすいということもわかりました。千日回峰行という天台宗の苦行で、比叡山山中を1日48km、1000日間歩き続けていると、天狗や狐が見えるようになるそうです。

事故や雪山での遭難で瀕死の状態になると、光や、亡くなった家族や、天使などが見えるという話も数多くあります。危機的状況でなくても、瞑想を続けていると、目をつぶった状態で鮮やかな幻が見えるようになるとか、金縛りに幻視や幻聴が伴うことがあるとか、幻視に関する記述は次々と見つかりました。

神秘体験として語られることが多いのですが、幻視は、それほど珍しい現象ではないのです。人の脳には、生まれながらに幻視や幻聴を起こすスイッチが備わっているようなのです。私は病気によって、そのスイッチに誤作動を起こしやすい脳になったのだと理解しました。
(中略)
「これからは、堂々と生きていくぞ!」と心の中で叫んだとき、清々しい風が全身に吹きわたったように感じました。そのころから幻視は急に影を潜め、1年余りのあいだ、姿を見せることはありませんでした。
– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)

引用元⇒ 第16回 牢獄に差し込んだ光

コメント

  1. […] 統合失調症とは何かに詳しく書いてます。 […]

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