最近、「人文系はいらない」という議論を目にすることが増えました。こうした言説に対して、ただ防衛的になるのではなく、「なぜそう言われるのか」を考えること。その姿勢こそ、人文学の本質的な部分に通じるものがあります。
とはいえ、そもそも「人文」が何を意味しているのかを理解している人であれば、人文そのものを廃絶するという発想がどれほど極端なものかはすぐに分かります。
たとえ社会の中で「人文系不要論」が広がったとしても、「人文そのもの」を消し去ることは論理的にも文化的にも不可能です。
この議論の中心には、ある逆説的な論理構造があります。出発点には「人文をなくすべきだ」という主張がありますが、その主張を成立させるためにはいくつかの問いを立てなければなりません。
たとえば「人間とは何か」「知識の価値とは何か」「社会に必要な学問とは何か」といった問いです。しかし、こうした問いを立てること自体がすでに人文学的な思考の営みでもあります。
つまり、「人文を否定する議論そのものが、人文を前提にしている」という構造がここにはあります。このような構造は哲学ではよく知られており、自己言及的な矛盾、あるいは遂行的矛盾に近いものともいえます。
言い換えれば、「人文をなくす」という主張は、問いを立てる能力そのものを前提にしており、その能力こそが人文学の核心なのです。
では本題に入る前にまず一曲。久しぶりに猪居 亜美さんのギター演奏動画を紹介。ハードロック系もお気に入りですが、クラシック曲もいいですね♪ 曲はJ.S.バッハで「ジーグ ~リュート組曲ホ短調 BWV 996」です。
人間は人文から逃れられない
この考え方は、思想史の中でも決して新しいものではありません。とくに解釈学の伝統では、人間は意味理解の世界の中でしか思考できないと考えられてきました。たとえば ヴィルヘルム・ディルタイ や ハンス=ゲオルク・ガダマー は、人間の理解は常に歴史や言語の文脈の中で行われると論じました。
この立場から見ると、人間社会について議論する時点で、言語・歴史・解釈といった領域から完全に離れることはできません。つまり、それらを扱う学問である人文学から、人間の思考は根本的には逃れられないということになります。
また、近代の大学理念を考える際には、しばしば ヴィルヘルム・フォン・フンボルト の大学構想が参照されます。フンボルトは大学を「人間理解と知識探究の総体」として構想し、学問を単なる職業訓練の装置ではなく、人間の知的活動全体を担う場として考えました。
この理念では、科学・技術・人文学は互いに切り離されたものではなく、本来は相互に関係し合う知の体系として理解されています。
制度としての人文学と、本質としての人文学
さらに重要なのは、「制度」と「本質」を区別して考える視点です。社会で語られる「人文系はいらない」という言説の多くは、実際には大学制度や研究環境、予算配分といった制度的な問題を指しています。
たとえば人文学部の縮小、研究費の配分、学会や教員ポストの削減などが議論の対象になっています。
一方で、人文学の本質は制度とは別のところにあります。それは人間理解、歴史解釈、言語分析、倫理といった思考の営みそのものです。制度としての人文学は政策や社会状況によって縮小することがありますが、人文学的思考そのものを社会から消し去ることはできません。
実際、現代社会で語られる「人文系不要論」の多くは、就職市場との関係や大学財政、学部再編といった現実的な問題に関わっています。
日本では、とくに 文部科学省 が2015年に出した通知が議論の契機となり、人文社会系学部のあり方が広く議論されました。しかしこれはあくまで制度の問題であり、知の本質の問題とは別のレベルにあります。
したがって、「人文系を減らす」ことと「人文をなくす」ことはまったく別の問題です。前者は制度や政策として議論され得ますが、後者は人間社会の文化的基盤そのものに関わる問題であり、原理的に成立しません。この区別を見失うと、人文系不要論はしばしば誤った前提の上で語られてしまいます。
結局のところ、人文学とは特定の学部や制度に限定されるものではありません。それは、人間が自分たちの社会や歴史、価値、意味を理解しようとする知的営みそのものです。大学制度がどのように変化したとしても、この営みそのものが社会から消えることはなく、むしろ社会が続く限り、さまざまな形で存在し続けると言えるでしょう。
人文学側の構造的問題と社会の不信感
多くの人文学擁護論は、「社会、大衆の側がわかっていない」「政治が悪い」といった外部への責任転嫁に陥りがちですが、「批判には、人文学側の構造的要因がある」ということ。
以下では、この言葉がどこから来ているのか、そして人文学の側にもどんな構造的な問題があるのかを、批判的に考えてみましょう。
「人文系はいらない」は何を意味しているのか?この言葉の背景には、単なる「実用性」志向以上の不信感があります。
多くの人が感じているのは、人文系が現実社会の課題に寄与していないように見える、研究者が抽象的・内輪的な議論に閉じている、政治的・倫理的発言ばかりが目立ち、知的誠実さを欠いて見えるという感覚です。
これは「役に立たないから要らない」というより、「知の態度が信頼できない」という批判です。
人文系の「道徳的自己正当化」
近年の人文系アカデミアでは、「社会的意義」を説明する圧力の下で、しばしば道徳的な言葉で自らを正当化してきました。
「人権」「多様性」「環境」「ジェンダー」などの価値を代弁する立場を取る、社会問題の告発をもって存在意義を示そうとする、こうした道徳的自己正当化が積み重なるにつれ、人文知は思考の自由や複雑さを探求する営みから離れ、倫理スローガンの反復へと傾いていった。
結果として、知の奥行きよりも姿勢の正しさが評価されるようになり、外部の人からは「宗教的」あるいは「政治的」な集団に見えるのです。
閉鎖的な言語空間と権威構造
もう一つの問題は、語り方の閉鎖性です。人文系の論文や研究発表の多くは、同業者だけが理解できる専門用語で構築されており、社会と断絶しています。
その結果、社会に対する説明責任が弱まる、新しい問題意識が旧来型理論の枠に吸収される、権威的な書き方や学閥主義が温存される、こうして、「人文知」は知的探求であると同時に制度の中で自閉する文化資本として機能し、結果的に“いらない”と思われても仕方のない振る舞いをしている面があります。
思考のリスクを避ける傾向
本来、人文学の価値は「不都合な問いを立てる力」にあります。しかし現代アカデミアでは、政治的・倫理的に“正しい”とされる立場に従うことが研究者の生存条件になりつつあり、リスクを取る思考が難しくなっています。
ここで言う「正しさ」とは、国家権力への批判だけではありません。大学制度、学会の規範、メディアの言語、左派的な政治的正しさ、道徳的スローガンなど、分散した権力のネットワーク が研究者の発言空間を規定しています。
その結果、研究者はこれらの権力に逆らわない「安全な主張」を選びがちになり、人文学の本来の批判精神――権力や常識への懐疑そのもの――が制度的に抑制されていく。
この「思考の保守化」は、単に右派的・国家的な保守化ではなく、“進歩的な言語が制度化され、逆らえない規範として固定化する”という意味での保守化です。
こうした構造の中で、人文学は外部から「いらない」と見なされるだけでなく、内部からも批判精神を失い、自己閉塞に陥っているように見えるのです。
大学の政治化と制度変動の積層
大学の政治化は、単一の改革や出来事によって突然生まれたものではありません。文化・人口・制度・資金・メディア・国家という複数の構造変動が、数十年にわたって重なった結果として徐々に形成されてきました。
まず重要な転換点として挙げられるのが、1960年代後半の学生運動です。とりわけ 1968年の五月革命 はヨーロッパの大学文化に大きな影響を与え、大学を単なる知識の保存機関ではなく、社会を批判し変革を考える場として捉える自己理解を広げました。
この時期には批判理論やフェミニズム研究、ポストコロニアル研究などが制度化し、政治的・社会的言語が学術領域の中に定着していきました。
次に1960年代から2000年代にかけて進んだ「大学の大衆化」があります。大学進学率は10%前後から50%以上へと大きく上昇し、大学はエリート教育機関から広い層に開かれた大衆教育機関へと性格を変えていきました。
この変化は、大学の役割や知識人の社会的立場を再定義することにつながりました。高等教育の発展段階を分析した マーティン・トロウ は、大学が「エリート段階」から「マス段階」、さらに「ユニバーサル段階」へ移行すると指摘していますが、現在の多くの先進国はこの後者の段階に近い状態にあります。
大学が大衆教育機関になると、学問の存在理由に対する説明責任も強く求められるようになりました。特に人文学や社会科学は経済的効果や雇用との直接的な関係を示しにくいため、民主主義や公共性、批判的思考といった社会的価値を通じて自らの意義を説明する傾向が強まりました。
こうした状況は、社会学ではしばしば「正当性の危機」と呼ばれます。
さらに近年の研究資金制度も研究テーマの方向性に影響を与えています。欧州連合の研究助成制度である Horizon Europe では、社会課題への貢献や政策的インパクトが評価項目として重視されます。
そのため研究者は、社会問題や公共政策と関連づけた研究を提示するほど資金を得やすい環境に置かれるようになりました。これは必ずしも研究の政治化を意味するわけではありませんが、研究が社会的・政策的言語を用いる方向へと誘導される構造を生み出しています。
同時に、研究評価制度や専門職化の進展も大学の知識人像を変化させました。研究者は高度に専門分化した分野で成果を示すことが求められる一方、社会問題を扱う研究はメディアや公共空間で注目されやすくなります。
こうした構造の中で、政治的・社会的テーマを扱う研究者の発言が相対的に目立つようになりました。
メディア環境の変化もこの傾向を強めています。SNSの普及により研究者の発言は以前よりも可視化され、拡散されやすくなりました。その結果、知識人の政治的発言が増えたという印象が社会の中で強くなりましたが、実際には発言そのものよりも「可視性」が大きく変化したと指摘する研究もあります。
さらに近年の国家政策は、大学を産業政策や技術政策、雇用政策の一部として位置づける傾向を強めています。大学は研究・教育機関であると同時に、イノベーションや人材育成を担う社会制度として扱われるようになりました。
こうした背景の中で、欧州では ボローニャ・プロセス が学位制度の標準化や学生移動の促進を通じて高等教育制度の統合を進め、既存の構造変化を制度的に加速させました。
このように大学は、文化的変化、人口構造の変化、研究制度、資金構造、メディア環境、国家政策という複数の圧力が交差する場所となっています。
知識人の政治的発言の増加は、特定の改革だけによって生まれたものではなく、これらの長期的な制度変動の重なりによって形成された現象と考えることができます。
日本でも近年、大学政策の方向性は大きく変化しています。政策文書では産学連携や研究力強化、イノベーション創出などが強調され、「稼げる大学」や「自立した大学」という表現が用いられるようになりました。
こうした流れは大学の社会的役割を経済成長や産業政策と結びつける点で、欧州の改革と共通する側面を持っています。
また2015年には 文部科学省 が国立大学に対して人文社会系学部の見直しを求める通知を出し、大きな議論を呼びました。これは必ずしも人文学の廃止を意味するものではありませんでしたが、大学に対して実用性や地域貢献を重視する方向性を示した象徴的な出来事とされています。
さらに日本では少子化という強い人口要因が大学制度に影響しています。学生数の減少は地方大学の経営を難しくし、学部再編や統合を進める圧力を生み出しています。この状況の中で、人文系分野はしばしば再編の対象になりやすいと指摘されています。
こうした状況を比較すると、欧州と日本では大学改革の力学に違いがあります。欧州では人文学が社会的・政治的意義を強調しながら存在理由を説明する傾向が強く、日本では人口減少と経済合理性の圧力の中で制度的な縮小が問題として現れやすいという特徴があります。
両者の背景は異なりますが、いずれも大学が社会構造の変化と深く結びついた制度であることを示しています。それは、大学が単なる教育機関ではなく、社会の価値観や制度変化を映し出す公共的制度として機能していることを意味しています。

