脳科学の限界「脳が心を作った? 心が脳を作った?」  原始的な「知・情・意」とは? 

 

脳科学や心理学の科学的実験などと呼ばれるものは、真実の全体ではなく、あくまでも断片であり部分に過ぎません。それは実験者・観察者そして「実験そのもの」に条件づけられた「狭い領域内での定義」だからです。

 

この分野に関する科学的な取り組みが無意味だということではなくて、特定の領域においては役には立ちますし、病気の種類によっては必要不可欠な場合もあるでしょう。ですがそれで心・精神活動の全てを説明出来たりカバーしきれるわけではない、ということです。現時点ではまだ限定的な狭い領域を扱うものです。

 

「脳科学の行き詰まり 2014年7月11日 By GARY MARCUS ニューヨークタイムズ」より引用抜粋

統合失調症、自閉症等、重大な心の病気の研究が始まって以来、既に数十年を経過したが、未だ何れの病気の治療にも手が届いていない。 一時、プロザックが持てはやされ神経伝達物質の研究に注目が集まったが、未だ強度の鬱病には有効な治療法はない。

fMRI等の脳スキャンも一世を風靡したが、今やその限界は人々に知れ渡る所となり、この辺の状況を書籍”洗脳”、”脳神経マニア”等が詳しく書いている。脳神経科学が進歩しているのは間違いないが、ひょっとすると方向を間違えたのではないかの嫌な感じが最近して来た。

この疑いが先日の7月21日に、数百人の世界の主だった神経学者がヨーロッピアン・コミッションに送った公開の手紙にあらわれている。ヨーロッピアン・コミッションは、巨大な資金を”ヒューマン・ブレイン・プロジェクト”に投入して、人間の脳のコンピューター・シミュレーション完成を目指している。

その手紙の中で学者は、プロジェクトの視野が狭いこと、計画が良く練られていないことを問題視している。誰も人間の脳のシミュレーションを作ることを願っているが、”プロジェクトがあまりにも未熟である”としている。

これは専門家自身にも問題があり、彼等は脳理論で見解が一致していないばかりか、研究を何処から始めたら良いかの入り口でも意見がもめているからだ。

ヨーロッピアン・コミッションのプロジェクトは、オバマ大統領の”革新技術による脳研究プロジェクト” と同じく大型プロジェクトで、希望を与えるものではあるが、基本的疑問の解明に取り組んでいない。

学問はその分野により研究の仕方が違う。物理学では、重力と、電磁力と、強い核力と、弱い核力を統合する方程式を探し求めている。それが実現できるかどうかは別として、今まではかなりの進歩を見せている。何故なら、彼等は何を探しているかが分かっているからである。

生物学は物理学のように整理されていない。生物は地球上に生きながらえるために、偶然が起こす数々の問題を乗り越えながら進化してきた。その結果、生物は多様性と複雑さに満ちている。

我々は、神経細胞の集合と、我々の心との間に重大な関係があると感じているが、実際どのような関係なのか全く分からない。一体、言葉の一つ一つの記憶は細胞一個一個の中にあるのか、神経細胞の集合の中にあるのか、あるいはどのような集合が記憶を作っているのか、誰も答えることが出来ない。

– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)

引用元⇒ 脳科学の行き詰まり

物理学においては、自然界の基本的な力(重力、電磁力、強い核力、弱い核力)を記述するための理論が明確な実験法則に基づき構築され、その対象が比較的普遍的(かつ決定論的)であるため、数学的枠組みを通じた統一理論への道筋があると考えられています。

一方、生物学や神経科学は、進化の歴史、個体差、環境との相互作用などによって非常に多様かつ複雑な現象が絡み合っています。

記憶や意識、認知といった現象は、単一の細胞や局所的な変化だけでなく、広範な神経ネットワークの動的な相互作用によって生み出されるため、尚もその全体像の解明は困難な状態が続いているのです。

この違いが、不一致や未統一な理論の原因となっており、現在の神経科学は多層的かつ多角的な研究アプローチの採用を模索中です。

ただこの分野はまだまだ伸びていく可能性が十分に感じられます。技術も発達していくでしょうし、他分野との連携などで認識の幅も視野も応用できる範囲も広がっていく可能性があるので、否定的にならず期待したいところです。

 

 

原始的な「知・情・意」とは?

 

遺伝子は「記憶媒体」として機能しているんですね。経験により獲得した性質も同様のメカニズムで遺伝すると考えている専門家もいます。

そして引き継がれた「生命の記憶」=「情報」が、身体と生理的メカニズムだけでなく心・精神にも作用している、ということですが、

「記憶」「情報」を有するのは「脳だけではない」、そして「心」「意識」は「脳だけではない」ということに関連するテーマの過去記事があるので紹介しておきますね。⇒ 「身体の心と記憶」を科学する デカルトと「群魂」の矛盾

 

今回の記事はこの過去記事で扱ったテーマをさらに発展させ補足したものでもあり、原始的な「知・情・意」ヒトの自我(知・情・意)違いと、その成の過程を分析するものです。

このブログでは人間の「心」の3つの働きである「知・情・意」という概念をたまに使いますが、「知・情・意」という働きは「脳」によるものだけでしょうか? 私はそうは考えていません。

 

え?脳なしに知も情も意も心もないだろうに!」というような人は現代は結構多いでしょう。一部の「脳科学信仰」や「科学的な心理学信仰」の偏見が強いからです。

原始的な「知・情・意」というものが存在します。それは脳・脊髄を持たない生命の「知・情・意」です。生命の不思議に迫る以下の動画を紹介しますね。

 

 

追加更新で、粘菌に関する興味深い記事を紹介します。生命って不思議だらけですね。以下リンク先にご覧ください。⇒ 性別は720種類、脳がないのに学習 特異な生命体、パリ動物園で一般公開

 

 

「脳が心を作った? 心が脳を作った?」

以前にも当ブログで紹介しましたが、「禅と脳科学」というサイトがあり、の脳科学的な「知・情・意」の捉え方をわかりやすく詳しくよくまとめてあるので、ここでもう一度記事を引用・抜粋します。

実はこのポール・マクリーンの脳の三層構造説は既に科学的に否定されていますが、「知・情・意」という概念を使って人間を捉えること自体は可能です。

 

参考PDF 比較神経科学からみた進化にまつわる誤解と解説

 

「2章 禅と脳科学:その1」 より引用抜粋

「2.4 脳の三層構造と進化の歴史」

生命脳である脳幹を包み込むように外側にあるのが大脳辺縁系である。 大脳辺縁系は帯状回、海馬、扁桃体から構成される。扁桃体を中心として好き嫌い「喜怒哀楽」の情動が生じる感情脳である。  大脳辺縁系は脳の三層モデルで言えば旧哺乳類の脳(猫の脳)に対応すると言える。

最も古い哺乳類は約2億2000万年前にまで遡ることができる。 従って、大脳辺縁系は約2億2000万年の進化の歴史を反映していると言えるだろう。

大脳新皮質は知能を司る脳で最も人間らしい脳である。 猿人の歴史は400万年にまで遡ることができる。大脳新皮質は人類の祖先である類人猿の約400万年の歴史を反映している最も新しい脳(人の脳)と考えることができる。

脳の三層モデルを進化の歴史からまとめると次ぎの表2.2のようになる。

表2.2 進化の歴史から見た脳の三層モデル

層の位置 脳の部位 進化の歴史

最上層 大脳新皮質 400万年
第二層 情動脳 2億2000万年
第三層 生命脳 5億8千万年~38億年

– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)

引用元⇒ 2章 禅と脳科学:その1

脳の進化は、単純に「古い部分」と「新しい部分」が階層的に積み重なった形ではなく、系統樹上での再利用や統合・再組織化が起こっていることが分かっています。そのため、特定の機能がどの層に厳密に対応するという考え方は、進化の過程を過度に単純化しているという批判があります。

現代の研究では、脳の情動、認知、社会的行動などは、単一の層だけでなく複数の領域が高度に連携して発現することが示されています。

たとえば、情動処理には辺縁系だけでなく、新皮質や前頭前野も重要な役割を果たしており、明確な層ごとの機能分担というよりは、部位間の動的な相互作用が強調されています。

 

脳はいまだ未知、それはもっと複合的に複雑に相互作用しつつ総合的に機能しているのでしょう、そして脳だけでなく身体、人間、生命もまた未知です。

 

神経学者アントニオ・R・ダマシオは「人間の脳と身体は分離できない統一体」であると分析しますが、これは東洋医学の「心身一如」に通じるものがあり、

私も同様に、「心」というものは「全体性であるもの」で「部分に帰結した付随的に発生した現象」というようなものでは説明がつくものではない、という考え方なのですが、

原始的な「知・情・意」は、ヒトの脳の第三層である「生命脳」すらもたない生命体に既に備わるものです。「心は脳が作った」わけではないんですね。「心が脳を作った=脳・神経を組織化する原動力になった」んですね。

 

認知科学や神経科学の中では、「分散認知」や「エンボディード・マインド」という概念がありますが、認知科学における従来の「心と身体の分離」という二元論的な考え方を批判し、心が身体や環境との相互作用を通じて形成されるという視点を提示しています。

これらは、知識や意思、情動といった機能が、脳内の局所的なネットワークだけでなく、身体全体および環境との相互作用によって生み出されるという考え方です。

たとえば、ヒトの場合も「脳だけが心をつくる」というよりは、身体感覚、内分泌系、さらには腸内フローラなど、脳以外の要因との絶え間ない相互作用が私たちの認知や感情を形成していることが明らかになってきています。

こうした視点は、単に高度な神経組織に依存する機能と、より原始的・分散的な情報処理とを区別するための枠組みとして有用です。

 

原始的な「知・情・意」は、「進化の原動力」のひとつの力学になっている「生命の原始的な心」のことですが、では、ヒトの「知・情・意」とは何でしょうか?

それは「生命の原始的な心」が記憶・経験した生命情報を元に、時間をかけて発展的に形成された脳神経メカニズによって生まれた「高精度・多機能な知情・意」です。そして「精神」は心の高次機能の意味で、心全体の一部です。

 

「高機能な脳・神経メカニズム」によってヒトの心・自我を支える「知・情・意」が生じました、それを形成したのは「原始的な生命の心」なんですね。

 

なので「ヒトの心」は脳・神経メカニズムによって生まれた、というのは「人間らしい心」の起源の因果関係としては事実でも、「脳が心を作った」というのは生物学的な過程において正確ではなく「心が脳を作った」というわけです。

 

「知・情・意」の更新、それはハード(身体機能)の進化更新と関わっているわけですね。

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