今回は異常心理のメカニズムを見てみます。
神経科学者のJim Fallon(ジム·ファロン)教授による解析では、遺伝的なものとしては、暴力的な遺伝子「MAO-A遺伝子の影響」が考えられ、これが後天的な「環境」「刺激」と結びつく「その組み合わせ」次第で「精神異常の殺人者」が誕生することがある、ということです。
脳の機能の問題がある部位においては「眼窩前頭皮質」の損傷を指摘しています。以下、動画を貼ってますので参考にどうぞ。
悪魔的な残酷さや、猟奇殺人者の異常性・凶暴性・共感性のなさ、というものはどこから起きて来るのか?相変わらずヘビーなテーマですが、異常犯罪の心理にも、その原因や心理・認知のメカニズムがあるんですね。今回はこれがテーマです。
「情動」の脳科学的メカニズム
「情動」のメカニズムと発達心理学に関しては、過去に書いた記事を参考にして下さい。⇒ 発達心理学 子から老後へ向けての自己実現 情動・感情のメカニズム
「情動」はアメリカの行動神経科学者であるダマシオがいうように、生命が元々持つ「原始的な情動」から発達し、生命の本能的行動は、この「原始的な情動」が根本にあるから起きてくると考えています。
ここで補足として追加更新ですが、リサ・フェルドマン・バレットの最新の情動理論である構成主義的情動理論は、情動が概念によって生じる、という全く異なる捉え方をしています。
「原始的なもの」と後天的な学習によって構築されたものは質的に異なると考えますので、私は「情動」をどう定義するかによっても捉え方は変わってくると思います。「何を情動と呼ぶのか?」ですね。
これまでの脳科学において、情動(喜怒哀楽など)と最も関係の深い中枢神経構造は大脳辺縁系(扁桃体・海馬・中膈核・帯状回など)、そして大脳辺縁系は情動だけではなく,食行動や性行動また原始的な認知や,学習,記憶及び自律機能の統合などを司る部位とされています。
そして大脳辺縁系の基本的構造は人間と動物とではそれほど変わらないのです。だから「人間らしさ」は、大脳皮質の働きなしには生まれず、大脳全体としての働きがあるからこそ「共感」や「理解」が出来、複雑・多様な外的情報の知覚を統合することが出来、またその表現が出来る、ということです。
つまり「人間らしさ」を失うという状態は、何らかの脳の機能異常によって引きおこされるものに他ならない、といえるわけですね。※ ただし、構成主義的情動理論は古典的な脳科学、本質主義的な脳の捉え方そのものを否定しています。
また過去記事でも書いていますが、私は、人格にせよ自我にせよ、「それ自体で存在する静的で固定的な実体」としては捉えておらず、根本的には構築的なものであることを認めつつも、
しかし同時に、人間は複数の因子・作用によって条件づけられ、「無形の運動」は「ある方向性・パターン性をもった運動」として形作られ、形成されたスキーマが思考の特徴・傾向性を生み出したりもする、ということです。
そしてそれぞれの人の主観性は全く出鱈目なぶつ切りのカオスではなく、「多様な内的秩序(まとまり)を有した動的で個的な環世界を有している」とも表現できます。
そして人間が社会的生物である以上、個体の言動・他者へ与える作用は、社会的にその質が評価されて様々に規定されるわけです。
【犯罪脳】脳のダメージ後に人格が豹変して犯罪をやらかす人がいます。そうした稀な例を17名集めたところ、共通する病変脳部位が見つかりました。先週の『PNAS』論文より→https://t.co/vOIN4t6RAy(共感力や認知力の脳回路ではなく、価値を判断したり人の心を推測する回路が損傷しているようです)
— 池谷裕二 (@yuji_ikegaya) 2017年12月25日
脳の損傷による人格の異常、主に自制心の低下や攻撃性の増大などに関しては、例えば「腹内側眼窩前頭皮質」は他者の気持ち理解する社会性、倫理・道徳感に関連し、この部位が損傷した場合、脱抑制傾向になり衝動性を高めると考えられており、
また言語の理解や記憶と関わる「側頭葉」の一部が損傷・委縮した場合にも、理解力の欠如が生じると考えられています。例;前頭側頭葉変性症の一種である前頭側頭型認知症(ピック病)による人格の変化
追加更新(2018/7)です、「平気で嘘をつくサイコパスの脳のメカニズム」の研究で「前部帯状回の活動低下」があることを示唆する最新の研究結果が、英国の国際学術誌「Social Cognitive and Affective Neuroscience」のオンライン版に掲載報告されました。⇒ サイコパスがためらいなく嘘をつく脳のメカニズムを明らかにしました
他にも「脳に棲む魔物」で有名なスザンナ・キャハランさんの病気「抗NMDA受容体脳炎」の場合、昔なら「悪魔憑き」とも形容された激しい症状が生じることが多い病気ですが、これに関しては以下の外部サイト記事を参考にどうぞ。⇒ 昔は悪魔払いの対象、卵巣奇形腫合併も…「抗NMDA受容体脳炎」治る病気に
社会心理学者「スタンレー・シャクターと、ジェローム・シンガー」の二人によって提唱された認知心理学的な理論に「情動二要因説」というものがあります。
これは、情動の体験には2つの段階があると考え、第一段階としては生理的興奮の認知、そして第二段階ではその生理的興奮に対応する情動をその場の状況に合わせてラベル付けをする、という段階です。
そしてアメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズとデンマークの心理学者カール・ランゲが提唱したのが「ジェームズ‐ランゲ説」で、これは「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい」というもので、「顔面フィードバック理論」とも言われたりします。
これらはよく別々に「これが情動の本質だ!」的に語られますが、私はこれは完全にこのとおりの意味ではないですが「どちらもある」と考えており、
そして、「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい」の「ジェームズ‐ランゲ説」は、「泣く」という行為と「悲しい」という感情が結びつくためには、その前に「悲しさ」という情動の記憶がなければ引き出されないため、それは先天的なメカニズムではなく、後天的に発達するものだと思いますね。
ジェームズ‐ランゲ説が再現性がない、ということは以前からいわれていますが、私の捉え方は、「それ単体で感情を説明することは出来ない」という意味でジェームズ‐ランゲ説を否定しています。
※ 例えばわかりやすい例では、顔の表情筋がほぼ動かせないALSの方でも喜怒哀楽はもちろんあるわけです。
特に障害のない大人の場合もまた、まずは情動が先であっても、それに加えて「ジェームズ‐ランゲ説」でいう「表情」や「身体」の変化が、それに関連付けられた記憶や感情に紐づけられた場合は影響を与える、という逆の流れ・作用はあるだろう、という捉え方ですね。
そして子どもは「情動二要因説」が中心だと考えています。つまり子どもの頃の「原初的な情動パターン」が認知機能によって意味付け(ラベリング)された後に、その潜在化した記憶が、外的な事象と無意識的に関連付けられる(フィードバックされる)、ということです。
そしてその「関連付け」の一部には「ジェームズ‐ランゲ説」的なものもあるだろう、という捉え方ですね。
そしてダマシオの情動理論の場合は、「情動」の概念・解釈の範囲が広いので、大人も子どもも区分けなく、生涯働く情動の基本メカニズムの体系になっていると思います。
では「自身の感情」ではなく「他者の感情」の推測は脳のどの部位で行われるのでしょうか? 以下に脳科学的な参考記事を紹介しておきますね。
「他者からもたらされる情報を統合する脳内部位を特定 他者の感情を推測する脳内神経機構の解明へ向け一歩前進」より引用抜粋
他者の感情を推測する能力は、社会を形成し、他者と共生をしていく上で大切な能力と言えます。他者が自分へ向ける感情を可能な限り正しく理解するため、我々は顔の表情や身振りなどといった、相手の様々な外的情報を統合し、判断・推測を行っています。
このように他者の様々な情報をまとめ、他者の感情を推測する一連の認知判断処理活動は、脳のどの部位の働きによってもたらされるのか、その詳細は殆どわかっていません。
今回、生理学研究所の高橋陽香(総合研究大学院大学院生(当時))、北田亮助教、定藤規弘教授の研究グループは、他者が「悲しんでいる」と推測される状況に焦点を当て、
顔の表情と流れる涙の描写から得られる悲しみの情報を脳内で統合し、推測に至る過程の脳活動を、機能的磁気共鳴画像法(functional Magnetic Resonance Image:fMRI)(用語1)を用いて計測しました。
結果、他者が悲しんでいると推測している際、大脳皮質の内側に位置する内側前頭前野や楔前部・後部帯状回などといった部位が、顔の表情と涙の描写の情報の統合に重要な役割を担っていることを明らかにしました。
– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)
上の記事によれば、「他者の感情」の推測に関連する部位は、内側前頭前野・楔前部・後部帯状回など、ということですね。
ではここからは、主に後天的な「負の環境」の力学から見た、共感性の喪失や、過剰なストレスによる認知の歪みなどが悪化した場合の人格の問題や異常性を考察します。
深層心理学では、悪魔的・猟奇的な人格の源流は「幼児期から思春期までに何か本質的なことがある」と見ています。
【追加更新】- ここから –
幼児・子ども期と関係が深いミラーニューロンと「情動二要因説」、そして情動と関係が深い「大脳辺縁系の海馬」の三つの要素で、悪魔的・猟奇的な人格の発生メカニズムを考察した図を貼っていましたが、
ミラーニューロン仮説からの拡大解釈的な心理学には明確なエビデンスはなく、ミラーニューロン自体は巷でいわれているほどの機能は担当していない、と指摘されています。
「共感性」に関しては以下のPDFを参考に紹介しますね。
PDF ⇒ 共感を科学する その進化・神経基盤 – 国立情報学研究所
– ここまで –
「人間らしさ」の未形成の原因のメインは環境因子ですが、遺伝による気質の個体差も悪化の要素として含まれていることもあるでしょう。機能不全家族による心的ストレスやPTSDの治療法に関しては以下のリンクよりどうぞ。
以下に、ミラーニューロンに関するPDFからの引用・紹介と、もうひとつ、外部記事をひとつ紹介していますので参考にどうぞ。
「ミラーニューロンシステムが結ぶ身体性と社会性」より引用
3. ミラーニューロンシステムと社会性発達基盤
最大の焦点は,他者の動作プログラムを自身の脳内で再現すること,すなわち,他者の内部状態を自己の内部状態 としてシミュレーションできることとされている[26].これは,自他弁別,他者の行為認識,共同注意,模倣,心の理論,共感などと関連すると考えられる.村田[25] は,これらに基づき,以下のように考えている.
・自己や他者の身体をそれぞれ認識するシステムがどこ かで共有, ・自己身体認知のステップとして,遠心性コピーyと感覚 フィードバックの一致が運動主体感を構成し(実際,彼 らのグループで頭頂葉のニューロンが遠心性コピーと 感覚フィードバックの情報の統合に関わることを発見 している),ずれた場合には,その運動主体感が構成されず,他者の身体と認知,
・ミラーニューロンは元々,自他に関わらず,動作そのものを視覚的にコード化し,運動実行中に感覚フィー ドバックとして働いていたが,発達・進化の過程で,運動情報と統合され,現在のミラーニューロンを構成. ー 引用ここまで ー
引用元 ⇒ 「ミラーニューロンシステムが結ぶ身体性と社会性」
ジャコモ・リゾラッティ,コラド・シニガリア 『ミラーニューロン』(柴田裕之訳,紀伊国屋書店,2009年)より引用抜粋
☆ヒトのミラーニューロン
→サルと類似するミラーニューロン系はヒトにも存在する。ただし、両者には相違もある。-ヒトのミラー系は、他動詞的な運動行為だけでなく、自動詞的な運動行為もコードする。
-他動詞的な行為が、対象物への実際のはたらきかけをともなわない「真似」である場合にも、ミラー系は活性化する。-運動行為の目的と、行為を構成する個々の動きの両方をコードする。
→ヒトの場合も、他者の行為を観察することで、同じ行為を実行するのに必要な運動野が活性化し、他者の行為の意味を理解することができる。
【ヒトの場合も、他者の行為を目にすると…目的指向の動作の観点から理解できる】(143)
→ただし、他者の行為の意味を理解するうえで、その行為が自己の運動レパートリーに属すかどうかが理解の深さを分ける。自分にもできる行為を観察しているときほど、ミラー系はより活発に反応する。
☆行為の意図
→ヒトのミラー系は、観察された行為をコードするだけでなく、どのような意図でその行為が行われたかもコードする– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)
引用元⇒ http://www.geocities.jp/body_of_knowledge/r14_rizzolatti.htm
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